2023年12月のこととか

❒ 12月2日
全く起き上がれず、15時ごろまで布団の中にいた。12月、何かできるだろうか。起きて食べて映画観る。夕方、気合いで運動。

ボーン・スプレマシー』:開幕、追っ手によりボーンの恋人マリーが殺害され復讐と贖罪の物語が始まる。「ラブロマンスに割く時間は一切ない」といきなり本作のストイックな姿勢が突きつけられる。前作『ボーン・アイデンティティ』でのジェイソン・ボーンマット・デイモン)のある意味キャッチーとも言える「未成熟なモラトリアム青年っぽさ」も影を潜め、物語はドライで殺伐としているが、短いカットをテンポよく繋ぐ編集でまったく中だるみすることはない。今やあらゆる作品に模倣されている揺れる手持ちカメラを多用したアクションシーンもスリリングで見応えがある。思っていた以上にセリフも少なく「映像と編集で見せる」というポール・グリーングラスの矜持を感じる。

❒ 12月3日
全然ダメで2日間引きこもってしまった。映画観ただけ。

ボーン・アルティメイタム』:揺れる手持ちカメラを用いた臨場感あふれるアクションシーンやテンポの良い編集など前作の手法を踏襲しつつ、さらに完成度を増している。相変わらずセリフも少なく、映像(アクション)で見せる姿勢も一貫している。国家的・政治的な陰謀や謎は実はそれほど大したものではなく、シリーズを通して重点的に描いてきたのはあくまでジェイソン・ボーン(とマリー)の個人的な物語であった。ポリティカルスリラーに傾きすぎず、人物に感情移入できるような作りになっていたのも現代の観客を引き付けた要因なのかもしれない。

3作観返してみて、やっぱりポール・グリーングラスの手掛けた2作目と3作目は傑作だと感じたが、一番記憶と印象に残っていたのが1作目だったのは不思議。

『バービー』:グロテスクでばかばかしくて、思っていた以上におもろかった。知的なばかばかしさ。真面目に観ているといろいろな部分でひっかかるのもあえてやっているのだろうな。ある面では女性たちをエンパワーし、ある面ではステレオタイプな美を植え付けてきたバービー人形の複雑な歴史を物語にうまく落とし込んでいる。だいぶ前に見た『僕らをつくったオモチャたち』のバービー回がいい参考になった。

❒ 12月9日
相変わらず休日はなかなか起き上がれない。家で映画を観た。今週はひどく不調だった。12月ということもあって仕事が溜まりまくっているので、気合いでなんとか一日も休まず出勤した。毎年寒くなってくると落ちることが多いけれど、今年はレベルが違うような。まだ割とあたたかい日も多いのに。身の回りのあれこれや仕事のストレスが重なったからだろうか。あらゆることにイライラしてしまう。

『午前4時にパリの夜は明ける』:『サマーフィーリング』『アマンダと僕』に続き「"喪失"を抱えた人間の物語」というテーマを継承しながら、本作では同時代から80年代のパリにまで時代を遡り想像力の幅を広げている。80年代パリを舞台に選んだ理由はミカエル・アースの「個人的な憧憬」もあるだろうが、映画はノスタルジーにかたよらず、保守政権が倒れ左派政権が誕生(大統領にミッテランが就任)した当時のフランス・パリの空気感をとらえた「時代の記録」にもなっている。この頃に電波が自由化して自由ラジオが隆盛になったそうなので、孤独な人たちの拠り所として深夜ラジオがモチーフになっているのも納得感がある。

また、中年女性のエリザベートシャルロット・ゲンズブール)を主人公に据えることで映画には経験の重みが加わり、ノエ・アビタ演じるタルラにはパスカル・オジェのイメージを重ねることで「直接描かれていること」以上の豊かさを獲得した。これまでの作品は昼間の陽光のイメージが強かったが、本作はメランコリックで美しい夜の映画になっているのも新しい。ミカエル・アースの映画は語り口こそ淡々としているが、キャッチーな部分やエモーショナルな部分も結構多いと観るたびに感じている。その理由はあまりに快楽的で美しい映像、ショットの力、音楽の使い方のためでもあるのだけれど、それでも不思議と鼻白むことなく観ていられる。きっとアースの根っこには「感覚的に胸を打つもの」への純粋な信頼があるのだろう。

❒ 12月10日
15時ごろ、渋谷。友人と合流。文化的にも商業的にも充実度がすさまじいので渋谷のことは好きになりたいのだけれど、新宿や池袋など他の騒がしい場所に比べて圧倒的にバッドバイブスを受け取ってしまうのはなぜだろう。そのため、用事がない限りなかなか足が向かない。

ルノアールでしばらく時間をつぶし、16時半からBunkamura ル・シネマで『ゴーストワールド』を観る。今観る『ゴーストワールド』とても良かった。映画館という環境の力もあるだろうけれど、昔観た時よりも断然味わい深い。プロットはシンプルだが、ユーモアセンスが絶妙でキャラクターたちがあまりに魅力的なことに改めて気づかされる。特にスティーヴ・ブシェミ演じるシーモアの魅力は、今観た方が断然分かる。ブシェミのベストアクトなのではとすら思った。

観る前にコーヒーを飲んだせいで割と序盤からトイレに行きたかったが、一瞬も見逃したくなかったので我慢していた。上映前に飲んだことを心底後悔した。教訓「コーヒーの利尿作用は舐めたらあかん」。

夜、ロイヤルホストへ。自分と友人はなぜか今更ロイホにはまっている。というか、ロイホのオムライスとパフェにはまっている。どこの店舗も大抵居心地がいいのもありがたい。初めてハンバーグも食べてみた結果「なるほどな〜」と思った。お腹の調子が怪しかったのでデザートは、小ぶりのアサイーとヨーグルトのパフェを頼んだ。が、よっぽどアサイーを食べたい時(ないけど)以外、やっぱりヨーグルトジャーマニーの方が断然いい。これはメニューを見るたびに友人と話してるのだけれど、小さめのパフェ群とヨーグルトジャーマニーの値段が大して変わらないので、小さめのパフェを頼むメリットが薄いと思う。21時半くらいまで居た。解散帰宅。

❒ 12月16日
昼ごろまで寝ていた。午後、伸びてきた髪を切る。いつも通りの出来。「もうちょっと長めに残せば良かったな」と思うところまでいつも通り。運動して映画観る。

『ほつれる』:人間関係の「ほつれ」をリアルに描いていて、観ていてどことなく居心地の悪くなるような映画だった。誰も極悪人ではないが、みんな少しずつ間違っている。私たちの身近で起こる問題(ほつれ)の原因も大方そんなところではないだろうか。綿子と文則の夫婦の空気感、お互いに本心を出さない会話がリアルで気持ち悪い。それに対して、不倫相手の木村とのやり取りは健康的に見えるところなど、うまく演出されている。微妙な表情や声色の変化でセリフの内容以上の情報を伝える役者陣の繊細な演技もよかった。

❒ 12月17日
家で映画。

パディントン』:非血縁家族の絆万歳(そもそも種すら違う)。「被災難民」という社会的なテーマをしのばせつつ、大人も子供も楽しめるちょうどよく都合のよいファミリー向けコメディ映画として出色の出来。基本スラップスティックなノリなのに、しっとりとしたいい映画を観たような後味もある。パディントンがブラウン一家やロンドンの街に受け入れられていく様子には、純粋に胸を打たれた。

毛並みがリアルで存在感があるのにしっかり可愛い、というパディントンのバランスの取れたデザインも素晴らしい。それ以外のキャラクターたち(特にブラウン家の人々)も魅力的で美術も凝っている。幼少期からクマに対して特別な思い入れのある自分にとっては、偏愛する作品の一つになった。

パディントン2』:前作もクオリティが高く素晴らしい出来だったが、あらゆる面でそれを超えてくるとは。めちゃめちゃ面白い。より笑えてよりスリリングなスペクタクル満載のアクションコメディになっている。前作との対比や反復を意図的に多数用いることで「続編」の強みを生かした豊かさも獲得している。ウェス・アンダーソンっぽい構図があったり、ジャン=クロード・ヴァン・ダムのCMを思わせる開脚シーン(最も笑った)があったり、オマージュの量は格段に増え、物語の舞台であるウィンザー・ガーデンもより人種的に多様になり、作品世界は幅を広げた。

パディントンの元いたペルーでの家族も実は、血のつながった叔父・叔母・甥の関係ではなく、偶然川に流されているところを助けられたことによって形成された(「川で助けられる」シーンは、新たな絆の獲得・再生の象徴として物語の終盤で反復される)非血縁の家族であったという回想には驚かされた。絆に「血のつながり」は重要ではないというメッセージが強調されている。本作の成功の一つの大きな要因にもなっているヒュー・グラントの癖の強い悪役っぷりも素晴らしかった。

❒ 12月23日
今日こそ映画館に行きたかったが動けず。運動もできなかった。布団から出たのも14時くらい。家で映画2本観た。

『ボトムス 〜最底で最強?な私たち〜』:「憧れのチアリーダーとお近づきになるために冴えないレズビアンの女子高生が学校でファイト・クラブを立ち上げる」という、思いついたとしても普通は作らないような突き抜けた映画でかなり笑えた。基本的に男性目線で描かれてきた学園コメディやセックス・コメディを思い切りパロって反転させている。『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』に少し似ているが、それより過激でシュールでおバカ。おそらく『ファイト・クラブ』が「理想的な男らしさ」を体現した映画として一部の人々に無批判に受容されてしまったこと自体への皮肉にもなっているのだろう。

『終わらない週末』:終始不安で不穏な映像に揺さぶられる。"ポスト"アポカリプスではない。終末世界へと移行する真っ只中の不安と不穏だ。サイバー攻撃によって引き起こされる危機的状況は現代社会の抱えるリアルな恐怖だが、ところどころ意味ありげに動物たち(特に鹿)が登場するなど寓話めいたにおいも感じる。

最後まで異変の謎は解き明かされないが、本作の不安はまさに"得体の知れない"ことに意味があると言える。正直、それはリアルであれば(リアルに見えれば)なんでもいい。本作が焦点を当てているのは大きな異変そのものではなく、その中で翻弄される人間の姿である。危機的状況の中で交わることになった2つの家族のミニマルなドラマから浮き彫りになる人種的偏見や陰謀論などの二次的な不安は、コロナ禍を体験した身に生々しく響く。

❒ 12月24日
やっと動けた。15時から新宿シネマカリテで『枯れ葉』を観る。メリー・カウリスマキ

アキ・カウリスマキらしい古めかしい様式美を湛えたシンプルでミニマルなラブストーリー。引退を撤回してまで80分間の「ただの小さな恋の物語」を撮るというところにカウリスマキの強い意思を感じる。劇中、ラジオからはロシアのウクライナ侵攻のニュースが流れてくる。悲惨な戦争が巻き起こっているこんな世の中だからこそ「小さな思いやり」「小さな愛」「小さなユーモア」「小さな幸せ」の価値を重んじる本作が胸に響く。

❒ 12月25日
休みを取って10時に病院へ。家族で集まり、入院中の父と面会、医師の説明を受ける。ついにいよいよ、という感じだ。大きな喪失を経験することになる。しばらく今後のことなど話し、昼に院内のレストランで食事。午後にはホスピスの説明を受ける。みんなで歩いて実家まで帰る。夕方まで家族で話して解散。

夜、『おもかげ』を観る。人生とは"喪失"の連続である。人は多くを失い続けながら生きていかねばならない。つまり「生きる」とはそのまま「喪失以後を生きる」ということでもあるから、"喪失"はあらゆる創作物・芸術作品の重要なテーマになってきた。本作もまた喪失を経験した人間のその後の物語を描いているが、その実かなり独特な作品であった。

冒頭、迷子になった息子と電話で会話する母親エレナをとらえたスリリングな長回し(マルタ・ニエトの圧巻の演技)にまず強く引きつけられる。その後、舞台は10年後に移り、息子の面影を宿した少年と主人公の交流とそれがもたらす波紋、人と悲しみを共有することの難しさがヨーロッパ映画らしくじっくりと描かれる。

最終的に主人公のエレナが辿り着くのは、モラル(枠)を外れた"獲得"である。『ハロルドとモード』のようなブラックなシニシズムがあるわけではなく、もっと実直な印象のある作品なだけにこのアクロバティックな着地には驚かされた。彼女は取り戻したのではなく、確かに何かを"獲得"した。人生には"喪失"だけでなく"獲得"もあるのだと今一度思い出させてくれる。監督自身の言葉を借りれば本作は「タグ付けされることのない愛の物語」である。彼女にどのような愛が芽生えていたのかは定かでないが、人間の感情とは往々にしてそんなものであると思う。確かなのは「これが彼女の物語である」ということだけだ。

❒ 12月30日
15時に映画館へ。『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』を観る。出来のいいミニマルなホラー映画という感じでなかなか楽しめた。劇中の"降霊"は明らかにドラッグのメタファーになっており、精神的な問題から危険なドラッグに頼ってしまうことや、遊び半分で手を出してしまうことへの問題意識が反映されている。監督のフィリッポウ兄弟はYouTuberでもあるらしいが「90秒憑依チャレンジ」なんてまさにYouTubeの企画っぽいし、アクシデントを「コンテンツ」として面白がる感覚が(批判的に)落とし込まれているところも興味深い。A24ホラー史上最大のヒット作と言われると「結局キャッチーなものが強いのか…」と少し複雑な気分になるけれど。

まっすぐ帰ってすぐ運動。無理にでも一日を充実させようとしている。夕飯食べて『シアター・キャンプ』を観る。力の抜けたモキュメンタリー・スタイルのコメディ映画でなんだか癒された。キャンプ存続の危機という苦境にあっても映画は終始ユーモラスな空気で満ちている。LGBTQの人たちが当たり前に尊重されるサマーキャンプは、理想的なコミュニティのあり方を提示しているようにも見える。全体的に力の抜けた感じだが最後のミュージカルシーンまで観ると純粋な感動があるし、最後の最後のしょうもないオチも笑える。あと、グレン最高だよなぁ。

❒ 12月31日
年末。起きて食べて『Saltburn』を観る。全体的にかなり出来のいい映画なだけに、ラストの謎解きのようなシークエンスで少々鼻白んでしまった。主人公オリヴァーの策略なんてものは最後にまとめて振り返って回収しなくても全体を通して仄めかし続けるか、いっそ小出しにでも描いてしまう方が良い。それでもサスペンスは十分保てる。バリー・コーガンの演技は素晴らしかった。

夜、今年は紅白をちょこちょこ見た。New Jeansとか。午前0時。いよいよ年明け。あっという間の一年だった。2023年は良いことも楽しいこともたくさんあったが、正直結構つらい年だったと思う。

2023年公開映画の個人ベストは、
1.『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
2.『TAR/ター』
3.『熊は、いない』
4.『トリとロキタ』
5.『帰れない山』
6.『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』
7.『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』
8.『伯爵』
9.『イニシェリン島の精霊』
10.『Fair Play/フェアプレー』

今年もいい映画がたくさんあってかなり迷ってしまった。ベストというものを考えてみると毎回どうもしっくりこない気がする。次点を10本くらい選んでその気持ちをおさめようかと思ったが、考え始めたらキリがなくなってしまったからやめた。

2024年もよろしくお願いします。