2023年3月のこととか

❒ 3月4日
起きて食べて、シネマート新宿へ『バニシング・ポイント 4Kデジタルリマスター版』を観に行く。大好きな映画なのでこの日を楽しみにしていた。劇場で観るのはやっぱりいい。

舞台が殺風景な田舎道だからこそできる引きのショットのカーアクションが多いところもこの映画のお気に入りのポイントの一つで、大画面だとその迫力がより際立つ。アメリカの荒野も存分に堪能できる。主人公コワルスキーのニヒルな表情を捉えたクローズアップも大画面で映し出されるとより印象深い。

コワルスキーは、口数も少なく謎めいていて複雑なキャラクターだ。かなりステレオタイプなゲイのカップルが登場してコワルスキーに排撃されるシーンは、映画としての意図がよく分からないが、進歩的な反体制ヒーローのように見えて、実は彼もアメリカの伝統的な保守性から逃れられていないということを象徴しているシーンのようにも見える。アンチヒーローとしての"自由"や"理想"を仮託しているのは周囲の人々であり、彼はあくまで「他愛もない賭けごとの為にただ高速で走っているだけ」の空白の存在であるとも考えられる。

上映終了後、珈琲貴族エジンバラでケーキセットを注文。ケーキは別に普通だけど、高いだけあって珈琲がすごく美味しくてびっくりした。客層の関係で少し邪気を吸った。休日の昼間に新宿で一人で落ちついて過ごせる場所を知りたい。と言いつつかなり長居した。帰宅。

夜、今度は近所の映画館のレイトショーに行く。レイトショーではほとんど眠くなることがないし、内容も入って来やすいのでつくづく夜型なのだなと実感する。

『フェイブルマンズ』。物語の核となる家族のドラマは、自分のような人間にとってはナイーブ過ぎるように感じられ、うまく接続できずモジモジしてしまった。それでも好きだし面白かったと思えるのは、端的に言えば「スピルバーグの映画」だから。魔法のような瞬間がそこかしこに転がっていて、映画としてあまりに気持ち良すぎるのだ。キャスティングも最高。「映像の持つ力(恐ろしさ)について」のいじめっ子とのシーンも「めちゃくちゃナイーブ…」と思って見ていたが、スピルバーグクラスになればリアルな実感としてあるのだろうな、と思うと納得。

深夜、帰宅。風呂入ってダラダラしてかなり遅い時間に寝た。

❒ 3月5日
家で映画観ただけのいつもの日曜日。いちいち書くのも恥ずかしくなってきた。ただ、いつもと違うのは映画を3本観たこと。脳が疲れるしごちゃごちゃしてきて集中力も落ちるので、最近は意識的に2本までにしている。なんでも適度、適当が一番。改めてそう思う。

『戦争と女の顔』。緑と赤の対比に彩られた絵画のような画面が美しい。ヘビーな物語だが、原案になったノンフィクション『戦争は女の顔をしていない』の内容を知ると、本作の脚本が極めて誠実に書かれているということがよく分かる。クィアの愛憎劇になっているのも良いし自然だ。近年、戦争の戦闘描写そのものの悲惨さではなく「戦争が人々に何を残すか」に焦点を当てた作品を目にすることが多くなった。普遍的なメンタルヘルスの問題と接続しやすいという理由もあるだろうが、これこそが現在の社会情勢における人々のリアルな感覚であるのかもしれない。それから、世界が溜め続けてきた膿が今になって一気に表出してきたと言うこともできる。

『秘密の森の、その向こう』。「八歳の少女が森の中でpetite maman(小さな母親)と出会う」不思議な話であるにも関わらず、SF的な感じはほとんどなく、ファンタジー感も前面に押し出さない。対等になった親娘のシンプルでささやかな心の交流がごく自然に描かれている。静謐でミニマルな画面が美しくとても好みだった。絶妙な行間を含んだカットの割り方も詩的で気持ち良い。

『真夜中の虹』。アキ・カウリスマキの映画らしく淡々と悲劇が続くが、主人公カスリネンが刑務所に入れられ、マッティ・ペロンパー(ミッコネン)が登場してから一段と物語の吸引力が増す。そこからラストシーンまでのゆるやかな感動(ハッピーエンドとは限らないが)の手さばきが鮮やか。カウリスマキの映画の登場人物には「自己肯定感」という概念がそもそも無く、どんなに苦しい状況でも気持ちまで負け犬根性に成り下がっている奴が一人もいないところに毎回勇気づけられている。

❒ 3月11日
最高に良い天気なのに、花粉症が暴力的に辛くて(家の中ですら辛い)どこへも行く気が起きない。昨年も苦しんだけれど、今年は本格的にやばい。勤務中も薬を3種類くらいモリモリしてやっと仕事をこなしている状態になっている。

起きてカレー食べて、セルフカット。普通の出来。頑張った。夕方、運動。夜、WBC日本対チェコを観る。今のところ全試合ちゃんと観ている。こんなに野球をちゃんと観ているのはいつ以来だろう。

❒ 3月12日
今日も花粉が怖くて引きこもってしまった。上映中にくしゃみと鼻水ズルズル音をひたすら垂れ流してしまいそうで、怖くて映画館にも行けない。家で映画を2本。

パブリック・エネミーズ』。賛否が分かれる作品だが、マイケル・マンの映像美学や様式("追う男"と"追われる男"の構図など)へのこだわりはしっかりと詰まっている。銃撃戦の迫力も半端じゃない。ジョン・デリンジャーもメルヴィン・パーヴィスも、もっと深く掘り下げられそうな人物なのにあえてそれをしないからドラマ性にはやや欠けるけれど、それもマンらしい。また、ラブ・ストーリーが(他の作品と比べて)割とうまくいっている方だと思う。

『ブラックブック』。過酷な舞台設定でもシリアスになり過ぎない、ブラックコメディすれすれの独特なタッチの娯楽作品で面白かった。二転三転する派手な展開の中でも、1944年のオランダで生き抜き、目的を達成しようとする一人のユダヤ人女性の物語としてパワフルで説得力がある。今度から多量のインスリンを打たれたらチョコレートをたくさん食べて血糖値を戻そうと思った。

❒ 3月18日
映画3本観て運動した。

『グリーン・ナイト』。幻想的で時に前衛的なビジュアルと、映画としての基礎的・古典的な強度の高さが両立しているところがデヴィッド・ロウリーらしい。シンボルが意味深長に頻出する映像詩のような映像はとっつき難さもあるが、自然vs文明の構図は大胆で分かりやすいし、中世の叙事詩(原作)を「未熟な男の成長譚」に翻案することでより普遍的な「神話」の形に接近していて、現代の人でも入り込みやすい物語になっている。もともと勇敢でもなく力があるわけでもない主人公のモラトリアム青年っぽさも妙に現代的で面白い。デヴ・パテルの親しみやすく憎めない雰囲気(顔と表情)も作品の方向性を決定づけている。

ロンゲスト・ヤード』。とにかく面白かった。40分弱にわたる試合のシーンなんて『THE FIRST SLAM DUNK』のような興奮がある。他のスポーツでも十分成り立つような話だが、アメフト特有の肉体的なコンタクトの激しさが、暴力的に打ち砕かれようとする人間の尊厳とそれに対する抵抗を直接的に、力強く表現している。ラストシーンがまた熱い。

『マッチ工場の少女』。アキ・カウリスマキの映画の登場人物は大抵みんな厳しい状況にあり、本作の主人公(イリス)の境遇は決して特別なものではない。セリフも極めて少なく、例に漏れずドライなタッチ。にも関わらず、いくつかの部分で自分自身の性格や境遇と重ねて特別に感情移入してしまった。若い女性だからこそ余計哀れに思えたのかもしれない。予想以上にダークなラストに鳥肌。ボトルに殺鼠剤を注ぐイリスの瞳が輝いて見えるのがあまりに悲しくおそろしい。ただ、状況次第では自分も(というより全ての人間が)同じことをしかねないだろう。そういう意味では、極めてリアルなラストシーンだと思う。

❒ 3月19日
起きて食べて映画観る。

特攻大作戦』。「どうしようもない荒くれ者たちがカリスマ的なリーダーによって鍛え上げられ、大きな目標に向かって一つにまとまっていく」という今では珍しくなくなったプロットの先駆的な作品。『ロンゲスト・ヤード』も大まかな構造は、ほぼこの映画と同じ。徐々に関係性が構築されていく様には普遍的な快楽がある。成功のカタルシスだけでなく「結局、全ての戦争は悲惨である」ということを感じさせるラストが苦い余韻を残す。

夕方、暇すぎて出かけたけれど何もやる事がない。遠くへ行くのも面倒くさい。近所を散歩して、古着屋と古本屋に寄って帰ってきた。何も買わず。

夜、『トムボーイ』を観る。子供の頃は、みんな自分自身のアイデンティティというものが曖昧であった。成長して世間の目や社会の規範を内面化するようになると、無理にでも何とかそれを統合しようと努め、その代わりに社会的な"ペルソナ"を発達させていくのかもしれない。本作の主人公ロール/ミカエルは、10歳という微妙な年齢にある。大人になるにはまだかなり早いが、思春期を前にしてちょうどませ始める頃。カメラは、そんな微妙な時期にある一人のtomboyお転婆)のアイデンティティの"ゆれ"を淡々と、それでいて瑞々しくとらえている。『秘密の森の、その向こう』しかり、セリーヌ・シアマには、子供とフラットな視点に立つことのできる天賦の才があるように思う。

❒ 3月21日
朝、起きてWBC日本対メキシコ戦を観る。先制されて今回ばかりは敗北を覚悟したけれど、最後に村上が打ってまさかのサヨナラ勝ち。久しぶりに興奮した。大不振だった村上が打って「決勝でアメリカと戦う」という完璧なシナリオ。なのだが、問題は決勝戦が日本時間で平日の朝から開始のため、多くの日本在住者が放送を観られないということ。なんだこのオチでズッコケ感は。

いい一日の始まりにテンションが上がり「花見行こうぜ」と友人を誘う。午後、とりあえず赤羽に集合。先に着いたので、ソラティウムという古着屋さんに入る。店員のおばちゃんがめちゃめちゃ気さくに話しかけてくれるし、安くて面白い服がたくさんあって良い感じ。「服好きなの?おしゃれだねぇ」と褒めてくれたり「こっちに鏡あるからどんどん試着していいよ。広げたらそのまま置いといていいからね」と気を遣ってくれたりしてとにかく優しい。いくつか気になる服を見つける。「また後で友達を連れてきます」と言って一旦外に出る。友人と合流後、再び店に向かう。いろいろ試着してだいぶ悩み、最終的にバーバリーの淡い青色のジャケットを購入。友人は白いジャケットを買っていて、正直それもすごく欲しかった。途中から店に来た息子さん(店主)もいい人で、さらに値引きしてくれて素晴らしいお店だった。

喫茶デアに移動。コーヒーとケーキセットで一息つく。友人がピュレグミをくれた。ご機嫌の取り方を分かってらっしゃる。いろいろ話していたら日も暮れてきたので、近くの公園まで桜を見に行く。あんまり咲いてなかった。夜、つけ麺をあまり食べたことがないらしい友人を連れてTETSUへ。当たり前に美味しかった。早め解散帰宅。いつもほぼ通り過ぎるだけの赤羽は、散策してみると結構面白いことが分かった。駅のすぐ近くはいかがわしめの雰囲気があるけれど、大通りを一本跨いだところになぜかあるスズラン通り商店街辺りは、休日でも店の混み具合が適度でいい感じ。昔ながらの個人店のシャッターが下りているのを見るのは寂しいけれど。

ここ最近は辛く悲しい出来事が多いが、今日は文句なしにいい一日だった。飛び石的でもこういう日が時々あれば、まだまだ生きていくことができると思う。

❒ 3月25日
朝から鼻水がひどくて悪魔と契約した(パブロン鼻炎カプセルを飲んだ)。鼻水を止める代償に廃人になってしまう薬。日中ずっとぼーっとしていた。

『ストーリー・オブ・マイ・ワイフ』を観る。一見普通のファム・ファタールものかと思うとそうではない、奇妙なラブ・ロマンス。イルディコー・エニェディの前作『心と体と』に比べるとだいぶクラシックな趣だけれど。映像がとても美しく、ヨーロッパの街並みや雄大な海の風景も堪能できる。これだけの撮影技術によってレア・セドゥがおさめられているのだから、それはそれは一人の人間を狂わせるだけの強烈な説得力がある。主人公ヤコブ(ハイス・ナバー)のいかにも船乗り然とした無骨な雰囲気も良い。

レア・セドゥ演じるリジーの内面は最後まで明かされないが、ただの「ミステリアスな女」として象徴的にあるのではなく、複雑性を内包した人間としてしっかりと実在感があるのが現代的だ。観ている間は正直「何の映画か分からない」という気持ちが少なからずあったが、観終わるとじわじわと気になって思い返してしまうような不思議な余韻がある。

オフィシャルサイトに掲載されている監督のコメントが素晴らしかったので少し長いけれど引用。

「あなたはプレゼントを貰います。しっかりと閉じられたエレガントで素敵な小箱。その小箱を毎日幸せな気持ちで眺めています。しかし、その箱を開くことが出来ないとしたらどうしますか? 最初は繊細に開けようとします。次にナイフを使って試してみます。ハンマーを手にした時、箱そのものを破壊してしまうことに気が付くでしょう。それから数日間、そのプレゼントを忘れるように努力しますが徐々に、その中を少しだけ覗くためにはどんなことでもしようと考えます。実のところその素敵なプレゼントはあなたをいらだたせてしまうものです」

めちゃくちゃ分かる。

夕方、鼻炎薬の影響であまりに眠くて1時間半くらい寝た。起きてもまだ眠かったが、気合いで体を起こした。夜は日記を書いたり、ドラマ観たり、本読んだりしていたらあっという間に一日が終わった。寝る直前になって「もう一日終わりか」と思って焦るのをやめたい。

❒ 3月26日
梅雨入りしたんかってくらいずっと天気が悪い。しかも寒い。今日は、遠方から用事で東京へ来ている友人と夕飯を食べる約束がある。のそのそ起きて食べて、先に出かける準備を全部済ませてから『アフター・ヤン』を観る。

家庭用人型AIロボットが普及した近未来SFというキャッチーな設定だが、非常にシンプルでミニマルな、一編の詩のような余白たっぷりの映像世界。その中にエモーショナルな物語がそっと隠されているような。特に好きなのは、美術やスタイリングなどのあらゆるプロダクションデザインが緻密に設計されているところ。画面の細部まで抜かりがない。テクノロジー面だけでなく、人種や家族のあり方や服装にもさりげなく近未来を感じさせる(差別や偏見が残っているところのリアリティも含めて)ところも良い。冒頭のダンスシーンは最高です。

夕方、神保町へ。前からずっと気になっていたショップに行く。気になっていたパンツがあった。元々かなりオーバーサイズなつくりなので買うとしたらMサイズかなと思っていたが、売り切れてしまっていた。試着してめっちゃ迷ったけどLサイズを購入。決して安くはない。というか、おそらく今まで買ったパンツの中で一番高い。買ってからちょっとソワソワした。

店を出る。友人との集合時間までまだかなり時間がある。古瀬戸珈琲店へ入って時間をつぶす。家で濃いコーヒーを飲んだので今日はココアにした。本を読んだりしてぼーっと過ごす。東京駅へ移動。友人と合流。カレーを食べようとエリックサウスに行ったけれど、だいぶ並んでいたのでやめた。駅構内の店はどこも混んでいた。時間もあまりないし、地上に出てコメダ珈琲に入る。めちゃくちゃ空いてる。2人ともチーズカレーグラタンを注文。食後にジェリコを頼んで、人生について語り合っていたらあっという間に時間が過ぎた。終電新幹線で帰る友人を見送って帰宅。いい日だった。